PIXAR展、キセイノセイキ展
平日休みで、もう今日しかない!
でも息子の保育園の今日の予定は「手洗い指導」。
うーん、遠いし、息子は置いていこう。。。
というわけで、グレちゃんに内緒で、東京都現代美術館のPIXAR展にやってきました。
朝イチで入ったので待ち時間ゼロ。見終わって出てきた時も、
チケット購入には並んでいるけど入場規制まではしていませんでした。
入り口の細かい年表でまず詰まるものの、
ゾートロープで分散されたのであとはスイスイ見られましたが
やはり土日はそうはいかないのかな(特に最終日ともなると)?
やはり混雑を予想してか、展示は子供対象だとしたら高めだったのと
複製含めほぼ映像が出来るまでの資料展示なので(そういう展覧会だしね)
グレちゃんは半分も面白くなかったかな(と自分を納得させてみる)。
でも期待以上のゾートロープには大満足☆
それに途中で大きなスクリーンで見られる半体験型映像は凄い迫力でした。
短編アニメも良かった〜。
お一人さまなので、空いてるうちにキャラのみを撮る。サリー可愛い!
出口のショップも、私が行った時はそんなに混んでおらずゆったり見られました。
でも。。。グッズ、もうちょっと展開が欲しかった。。。
積み木だけちょっと欲しかったけど、重いのでやめちゃった。
で、モンスターズのABC本をグレちゃんに購入。
中身は、モンスターたちと一緒にアルファベットを覚えよう、というもの。
例えばEは、マイクが自分を指差して
「E is for eyeball. I have only one.」と言ってます。
ショップ限定の袋も可愛いよ〜。
個人的にはトイストーリーグッズが欲しかったんだけど、あまり無くて
特にうちの息子はバズやウッディ、エイリアンよりレックス派なので余計無く。
PIXAR展のチケットで常設展示も見て、
それからMOTアニュアル「キセイノセイキ」を見るべくチケット購入。
関係者から賛否両論聞いていた展覧会ですが、
行ってみるとまぁうーん、そうねぇ、という感じ。
展示内容や規制についてはさておき、個々の作品で面白いものはあるし、
つい映像を全部見てしまうくらい引き込まれるものも沢山ありました
(展覧会での映像作品は、個人的には7分超えると全部見ていられない)。
以下、気になったものを。
最初の作品、藤井光(1976年生まれ)氏による《爆撃の記録》は
何もないケースにおじいちゃんおばあちゃんが
キャプションや出力紙を置いたりピンを打ったり、という映像はあるものの
あとはただ想像あるのみの展示。真っ白。
ちょうど数日前に見た六本木クロッシングでも
同じ作家による映像作品《帝国の教育制度》があって、
これも直接的な残酷場面は見えないのだけど、まだリアルに感じられる。
例えば原爆資料館やひめゆりの塔といった戦争資料館に行ったことがある人なら
ここで示される状況についてそれなりに想像はできるかもしれないけれど、
そうでないなら難しいだろうなぁと思いました。
入り口に書かれた文言は、ドレスデンのハイデ墓地に刻まれたもの:
幾人が死んだのか? How many died ?
その数を誰がわかろうか? Who knows their number ?
あなたの痛みから、
人の手による地獄の業火によって焼かれた In your wounds we can see your agony
名もなき人々の苦しみを、 of the nameless who burned here
人々は知る。 in a man-made hell.
今こそ思い出すべき文言だと思いました。
小泉明郎(1976年生まれ)氏の《オーラル・ヒストリー》には
色々と腹が立ちました。いや作品に対してじゃなくて、しゃべってる人たちに。
美術館が発行している資料によれば
「本作品は、過去に一部の発言内容が不用意に民族感情を触れることが懸念され、
一部の音声を抜くという状態で発表されたことがある」とあるので、
多分私が腹を立てた一部はそこに当たるんだろうな。
ただ、過激な発言もそうなんだけど、無知すぎることに対しても腹立たしい。
アルトゥル・ジミェフスキ(1966年生まれ)氏の《繰り返し》は
スタンフォード監獄実験の再演。
この実験について私が初めて知ったのはヒルシュビーゲル監督作の映画《es》が
日本で公開された時。
映画はあくまで映画としてつくられたものだったと記憶しているけど
この作品は多分本当にドキュメント。
参加者たちが人間的な解決をしてくれた本当に良かった。。。
涙すら出そうになる作品でした。
橋本聡(1977年生まれ)氏の《抽象直接行動198の方法(仮)》の
「あなた自身を切ることができます」は、
美術館側の「配慮」でカバーが被せられたため切れませんでしたが
まぁ実際切られちゃっても困るだろうしね。
フェンスを乗り越えたり乗り越えなかったり、くらいはやってもよかった気がしますが
ただそうすると、主催者としてはマットが必要かしらとか考えちゃうんですよね。。。
どこまで「自己責任」と言っていいのか、というのが
この展覧会のキーワードなんだろうと思いました。
それがはっきりしないうちは規制せざるをえない、というのが現状なんでしょう。
規制の世紀、と漢字化しない展覧会のこのモヤモヤ感も、
同じところに根っこがある気がしました。
全部見終わってから、2階のヴェトナムカフェでご飯。
フォーセットに、食後は甘いヴェトナムコーヒー付けました。
さて、帰ってグレちゃんのお迎えだ!