ふらんす*にちようざっかblog

美術とフランスにまつわる雑話。でも最近は子育てネタばかり。

私のいる場所展

東京都写真美術館で開催していた「私のいる場所 新進作家展vol.4 ゼロ年代の写真論 Absolutely Private : On photography from 2000 to the present 」展(2006年3月11日〜4月23日)に行ってきた。たまたま恵比寿で乗り換える用事があって、でも2時間ほど時間をつぶさなくてはいけなかったところにこのポスターを見かけたのでふらりと。写真美術館に行くのは、ものすごく久しぶりだった。

2002年から始められたこのグループ展は、それまで「風景」「幸福」「花」といった普遍的なテーマに基づいて行われてきたらしいが(2002年から留学していたので未見)、今年のそれは開館10周年ということで多少視点を変えた企画であり、「私性(プライベイト)」を全体テーマとしている。会場は3部門に分かれていた。
1)私の中の私 Myself within Me
2)社会の中の私 Myself in Society
3)日常への冒険 Adventures in the Every day

1)私の中の私 Myself within Me
このセクションが最も一般的に“私的な写真”と言われるものだろう。しかしそこには撮る側の大きな意識の違いがある。“私”の何を撮るのか。何の為に“私”を撮るのか。全体的に、写真そのものに私性を見出すのではなく、写真を通して私性を滲み出そうとしている作家ばかりだ。「ある失った瞬間と捨て去った感覚の側面」としての写真( Anni Emilia Leppala アンニ・エミリア・レッパラ)*1、「写真は嘘以外の何物でもない」( Antoine d'Agata アントワーヌ・ダガタ)*2 など、リアルを切り取るものとしての写真は既に彼らの中に無く、写真の表層の下に隠れる何物かを探る事が、現在の写真の傾向なのだろうか。その表層をどこに絞るか、どの層を撮れば私性を表しうるのか。しかしこれは、逆に言えば、その表層を違える事で「私性」を偽る事も可能になるのではないだろうか。ところでダガタは、むしろセクション2の作家である気がする。ナン・ゴールディンに似ていると思ったら、案の上彼女に師事していたとのことで、納得。

2)社会の中の私 Myself in Society
このセクションを担うべき写真家は、サボー・シャロルタ Sarolta Szabo*3 、ジャクリーヌ・ハシンク Jacqueline Hassink *4とニコール・トラン・バ・ヴァン Nicole Tran Ba Vang *5であったと思う。最後のトラン・バ・ヴァンは「私性」がそれほど強くなく、もっと肉体寄りの社会性ではあるけれど。オフィシャルとプライヴェート、オンとオフとを明確に分ける人柄や空間や道具についての写真的考察。

3)日常への冒険 Adventures in the Every day
階を移動する階段スペースから既に展示が始まる。ロモグラフィー*6のと大量の写真、セカンドプラネット*7の異化装置、そして締めはみうらじゅん*8!セカンドプラネットの作品で、イタコに憑いたウォーホルにインタビューをするというのはなかなかすごい。写真の持つ“嘘かほんとかの曖昧さ”を通り越して「嘘だろー?!」と思ってしまう、しかし「あれ、でももしかしてホント?」とも思わせる。微妙な境をついてくる。とは言えやっぱりこの展覧会のキングはみうらじゅんだった…。前の2つのセクションを見ている間は、ずっと「写真とは何か?」「写真の現実とはなにか?」なんてことを考えながら見ていたんだけど、みうらじゅんの写真やスライドを見た瞬間吹っ飛んだ。有無を言わさぬ面白さ。みうらじゅんの面白さが分かる、同じ日本人で良かった、とすら思ってしまった。

現在<写真とは何か?>という根本的な部分について考える機会が多くあったので、興味を持ってふらりと立ち寄った展覧会だったのだが、時間つぶしの2時間どころか、見終わるのに3時間掛かってしまった(そして夜の用事には1時間遅刻)。みうらじゅんの写真を見るだけでも足を運ぶ価値のある企画展だったが、その前に真剣に写真のあり方などを思考出来る展示でもあった。写真の焼き方だとか印画紙についてだとかも詳しく勉強したいんだけど、この美術館ではそういう技術系の常設展示はないのだろうか。科学技術系の博物館にいかなくてはだめなのだろうか。(22-04-2006)

*1:Anni Emilia Leppala : 1981年ヘルシンキ生まれ。現在ヘルシンキ工芸大学博士課程在学中。

*2:Antoine d'Agata : 1961年マルセイユ生まれ。91-92年にはマグナム・ニューヨークにてインターンを経験した後、83年から続けてきた世界放浪の旅を終えフランスに帰国。96年以降本格的に活動を開始した。

*3:Sarolta Szabo : 1975年ブダペスト生まれ。写真とCGを組み合わせたフィクションの物語のシリーズは2003年から手がけている。ちなみにハンガリー人なので、アルファベット表記では、日本人同様に苗字が先にきます。

*4:Jacqueline Hassink : 1966年エンスヘーデ(オランダ)生まれ、現在ニューヨーク在住。

*5:Nicole Tran Ba Vang : 1963年フランス生まれ。モードの学生であった彼女は、写真家に転身した後もモード・身体・衣服をテーマに撮り続けている。オフィシャルサイト

*6:Lomography : 80年代旧ソ連で開発されたコンパクトカメラLOMO LC-Aを使って写真を撮る写真運動で、90年代のウィーンを発祥とする。この世界規模の活動を通して世界的な交流を目指す。オフィシャルサイト

*7:Second Planet : 1995年に宮川敬一と外田久雄によって北九州で結成されたユニット。美術に縁の遠い人々を巻き込んだコラボレーションプロジェクトを実施中。オフィシャルサイト

*8:みうらじゅん : 1958年京都生まれ。漫画家、イラストレーター他多数の肩書きを持つ。いとうせいこうと96年からやっている「サ・スライドショー」は行くべきです。