ふらんす*にちようざっかblog

美術とフランスにまつわる雑話。でも最近は子育てネタばかり。

モローデッサン展評

11月11日の日記で取り上げたギュスターヴ・モローのデッサン展「Quand Moreau signait Chassériau」に行ってきました。
国立美術学校(以下ボザール)内のデッサン保存・展示室Cabinet Jean Bonnatでの開催だったのですが、えーと、普通〜に秘書みたいな女性が2人、仕事していました。なんか超普通の事務室って感じだったし。彼女たちの机の間にも作品が掛かっているので、ほんと「すみません、ちょっとお邪魔します」って感じで見なくてはいけない。サインして行って下さいねーなんてにこやかに応対はしてくれるんだけど、積んである書類の山を倒してはいけない!なんてことに気を使ってしまい、最初のうちは集中できませんでした。とは言え、見始めたら完成作品を一生懸命記憶の倉庫から出しつつ見るので気にしなくなりましたが。(でもサイン帳の横にカラー印刷の完成作品図版がプレート加工されて置いてありました。最後に気付いた…。)
以前書いたように、最初期のサロン出品作Darius fuyant après la bataille d’Arbelles《アルベラの戦いの後、ギリシアの追っ手から逃れる途中で疲れ果て、泥水を飲むダレイオス》(1852、MGM)とLe Cantique des cantiques《雅歌》(1853、ディジョンMBA)の画面構成を再考するデッサン展だったのですが、展覧会タイトルのわりに出品作モローのみ。…シャセリオーを知らない人には、何がなにやら全く分からない展覧会なのではないかしら。基本対象はボザールの学生だから、当然知ってるでしょっていうスタンスなのでしょうか。


わたしは末席ながらもモローの研究をしている身なので、前者の作品が「シャセリオー風に描かれた」と冠がつけられること、そして後者の作品がシャセリオーによる(焼失した)会計監査院階段装飾の影響を受けていることを、予め文字情報で知っていました。けれども、一体どこがどう“シャセリオー風”なんだ?ということが全く分かっていませんでした(正直言って今でもよく分かっていないのですが)。しかし、そもそも主題がロマンティックなんだし、影響関係からいっても初期のモローの作風がロマンティックなのは当然。では何処がシャセリオーなのか?という点に絞って見ていくと、まず人物の表情、そして構図なのではないかな?と予想をつけました。
まず表情の描写についてですが、モローの作品の殆どは無表情です。何考えてますのん?っていう顔しています。牛に連れ去られてても鷲に内臓食べられてても一つ目男にストーキングされてても“我関せず”風。たまに驚いたり怒ったりしてる人物も描きますが、どことなく演劇的、つまり実感が伴っていない感じ。18世紀絵画の人物のほうがよっぽど必死の形相です。でも今回取り上げられている2作は、モローの作品の中では比較的激しい表情をしています。特にデッサン段階での横顔の描写は、まさしくシャセリオー!というものがありました*1。なんだ豊かな表情描けるんじゃないのよー。
続いて構図について。モローの作品は、中央縦に伸びる垂直線の構図が多いです。でもそれが多くなるのはイタリアへの私費留学から帰国して後。それ以前は横に伸びるフリーズ型、あるいは安定した三角形の構図が多いです*2。このデッサン展で取り上げられている2点の作品も、前者は比較的縦への嗜好があるけれども(2,45x1,65m)後者は正方形に近く(3x3,19m)、その意味でも先人であるシャセリオーの型から抜け切っていない(強い影響下にある)と言えるのではないでしょうか。また当時はあまり縦に長い作品が一般的ではなかったのかもしれません*3。展示されていたデッサンを見ていると、細部やモティーフ一つ一つのデッサンでは伸び伸びとした線なのに、構図を考えているであろうデッサンになるとそれが堅くなっている印象を受けました。もしかしたら、自由に遊ばせていたモティーフを一枚の作品として構成することを苦手としていたせいなのかもしれない…なんて思ってしまいました*4


このように、簡単ながらもシャセリオーとモローの繋がりを、自分なりに探しながら見たのですが、しかしいくら(美術館ではなく)ボザールでやる展覧会だからって、これはあまりに19世紀中盤のフランス絵画史に詳しくない人には優しくない。モローの完成作2点をプレート加工して提示できるのであれば、シャセリオーの作品もせめて2,3点、提示すべきだったと思います。研究者的・個人的には楽しめたけど、一観客としてはあまり楽しめないのではないかと思われる展覧会でした。

*1:ただし激しい表情を見せる人物が、ほぼオリエンタルであることは考察に入れたいところ。モローにおけるオリエンタリスムというテーマは、自分ではやる気がしないけど興味があるテーマです。(勝手な)

*2:縦型志向が強くなる事に関しては、おそらくは構図考案の段階における作者の心理的作用が大きいと考えています。その根本心理はゴシック建築がより天の極みを目指したところと似ているのではないかと予想していますが、それについては後日取り上げ…られたらいいな。

*3:断言できないので今後の研究課題とします。しかし余談として、モローの《ダレイオス》が一度はサロン落選、2度目は入選したものの買い手がつかなかったことを挙げておきます。

*4:やがてはその斬新な構成力で名声を勝ち取るのですが、もしかしたらそれは、この若い時の苦手意識から来ているんだったら面白いのになーなんて思ってしまいます。