ふらんす*にちようざっかblog

美術とフランスにまつわる雑話。でも最近は子育てネタばかり。

La Pianiste

ピアニスト [DVD]

ピアニスト [DVD]

題名 《ピアニスト》(原題 La Pianiste
監督 ミヒャエル・ハネケ(Michael Haneke)
主演 イザベル・ユペール(Isabelle Huppert)、ブノワ・マジメル(Benoît Magimel,)、アニー・ジラルド(Annie Girardot)他
制作 2000-2001年(フランス公開は2001年)、フランス=オーストリア映画

まだ日常フランス語もよく分からない時期にパリの映画館で初めて見て(だから内容はよくわからず雰囲気しかつかめなかった)、その後ユペールの写真展を東京都写真美術館で開催していた時に関連イベントとして上映されたので初めて字幕で見て(ようやく台詞の意味が分かった)、どうしてもどうしてもDVDでもう一度見たい!と思っていた作品。前に都内の映画館でハネケ特集(初期の《セブンス・コンチネント》や《カフカの「城」》などを一挙公開!の素敵企画でした)の時もピアニストは上映されなかったので残念に思っていたのですが、思いがけず神保町の中古屋さんにて夫が見つけて来てくれました!感謝感激!!


原作はエルフリーデ・イェリネクの小説 Die Klavierspielerin 。1997年の《ファニーゲーム》以来好きな監督であるミヒャエル・ハネケが「主演は絶対イザベルで」と指名し制作された映画。イザベル・ユペールがフランスの女優さんのなかではベスト3に入るほど好きなわたしには、好きな監督と好きな女優が組んだ最高の作品のひとつです。


◯。 Histoire 。◯
舞台はウィーンの音楽学校。おそらく40過ぎであろうエリカ(イザベル・ユペール)は母と2人暮らしの独身で、シューベルトに独自の解釈を持つ。プロの演奏家を目指してはいたが、結局は音楽学校の教師となり、ブルジョワのサロンコンサートに呼ばれて演奏をする生活で暮らしており、その生活に満足はしていないもののしかしどう脱していいかも分からず、時折母の監視を逃れてポルノショップでヴィデオをみたり、カーシネマ会場で車中セックスをしているカップルを覗いたり、また自傷行為を行う日常を送っている。
ある時招かれたブルジョワの家でワルターブノワ・マジメル)と出会う。ワルターは凛とした雰囲気のエリカに一目惚れをし迫ってくるが、エリカはワルターに惹かれる反面裏切りに恐れなかなか彼の要求に応えようとはしない。
ある出来事をきっかけに学校のトイレで初めて気持ちを交流させる二人だが、エリカの求めたものをワルターは拒絶し、そして演奏会の夜、エリカはひとつの決意をする。。。



以下ネタバレです。ご注意!



結局ワルターは、エリカが危惧した通り、一過性の愛情をエリカに向けただけであり、エリカは想像通り裏切られた。裏切りの要因としてエリカのマゾヒズムワルターに強請ったことがあるが、しかしあのベッドの下から宝物のようにラバーマスクやロープを出す彼女に、真のマゾヒズム願望があったようには思えない。母の監視と実現しなかった自分の夢、そして現実の生活(決して裕福ではない)という抑圧された中で、彼女が解放されていたのは作り物であるポルノヴィデオの世界においてであり、マゾヒズムも単なる憧れのひとつであったと考えられる。現実にワルターに殴られ鼻血を出せば痛みで目がくらみ、願いが叶って破瓜した時にも快楽は来ない。アイスホッケー場の荷物置き場でのセックスも、結局は嘔吐で終わる。

ワルターがもっと賢い大人であったなら、エリカの虚構を見抜き、優しく包み込んであげることができたのかもしれない。しかし賢い大人はエリカのような女にはなかなか好意をよせることはなく、ワルターの若さこそがエリカを突き動かし得たのだと考えると、結局エリカという女性にはこの結末しかあり得なかったのかなとも思う。

エリカ役には絶対イザベル、とした監督の意図は確実に成功して言える。彼女はボヴァリー夫人といい、近親相姦願望のある息子の母を演じた時といい、こういう変態的な役を下品にならずに演じることができるふしぎな魅力があるのだ。最後の、自分の胸を突き刺すイザベルの般若のような表情、でもそれは一瞬で、すぅっと「わたしに感情はないの。常に知性が勝ってきた」と言い放つことの出来る人間へと戻っていく表情の変化、ほんとにすごい女優さんです。



ハネケ監督の映画製作の目的は、暴力的な映画を撮ることではなく、とにかく観たものの感情を揺さぶる作品を撮りたい、というだけなんだと思う。感情を揺り動かし、その反響を観客の心の中にいつまでも残す。それによってほんのわすかな日常のひとコマにさえも気づくようなことが起こりうるかもしれない。ハネケの映画は常にそういう映画だ。好き嫌いが分かれるのも分かる。決して観賞後の気分がいい作品を作る監督ではないことも。でも、作品の衝撃をいつまでも心の中に響かせ続けられるだけの作品を作れる監督が、他に何人いるだろう?何年経っても「あ、あの作品が観たいな」と思わせるところが、ハネケ映画の最大の魅力です。