ふらんす*にちようざっかblog

美術とフランスにまつわる雑話。でも最近は子育てネタばかり。

ナン・ゴールディン展

The Devil's Playground霧雨の中、Chapelle Saint-Louis de la Salpetriereにて開催中の展覧会"Nan Goldin Soeurs, Saintes et Sibylles(ナン・ゴールディン 姉妹、聖女、女預言者)"を見てきました。
9月16日から今日までで、最終日なのでかなりの人だかり。これはFestival d'Automne a Paris フェスティヴァル・ドートンヌ・ア・パリというイベントの一環で行われた展覧会。このフェスティバルはその名の通り毎年秋にパリ市主催で行われるアートイベントで、美術作品/ダンス/芝居/オペラ/コンサート/映画/写真/討論会などたくさんの催しがが行われます。今年は日本の芝居が2つ、「The Elephant Vanishes」と歌舞伎が来ていたので、10月はそれらを見に行きました。今年の主なテーマは、ミシェル・フーコー没後20年記念に因んで、“狂気の歴史”と“監視と処罰”だそうです。なので討論会もフーコーにまつわるもののようです。このイベントは12月19日まで行われます。

さて、見に行ったナン・ゴールディン展。てっきり写真展だと思っていたのですが、フィルム上映でした。なので各上映回ごとにチケットが配られ満員になったら次を待たなくてはいけないというものでした。わたしは14時少し前に会場(修復中?の礼拝堂)に着いたのですが、14時からの上映は満席だったのでそのまま15時からのチケット配布を待つ列に並びました。待つこと1時間。ようやくチケットが配られて上映時間を告げられます。15時40分でした。また待つのか・・・。
貰ったのはピンク色のチケットで、これを持っている人は15時40分からか16時半からか、どちらかの上映を見られるのだそうです。えー皆15時40分を見たがったらどうするの?と思ったのですが、結構外にお茶しに行く人が多くて、うまく半分に分かれたようでした。わたしも一旦外へ出て一服。風邪をひき始めたようで、ニコチンが喉に沁みます。しかも礼拝堂の中が寒いので悪化しそうです。
15時40分まで礼拝堂内を見学したり、これから見るフィルムの説明を読んだりして待ちました。フィルムは英語で語られるので、そのフランス語訳が予め印字されて壁に貼り付けてあるのです。どうやらナンの実姉バーバラの両親への反抗と精神病院と自殺について、そしてナン自身の精神病院生活についてのフィルムらしい。ナン・ゴールディンについての予備知識は殆どありませんでした。ドラァグ・クイーンとか娼婦とかの、ニューヨークのアウトサイダーを撮り続けている写真家という認識のみ。彼女の写真も数十点しか見たことがありません。今回のフィルムは非常に個人的なものなんだなと思いながら上映を待ちます。
15時40分映写室へ。てっきり椅子があるのかと思ったら、メザニン(中2階)の柵に寄りかかって、地上階から吹き抜けになっている映写場を覗き込むという会場設営でした。わたしが入ったときには既に一番見易い柵際は埋まっていたので、背の小さいわたしが背伸びして下を覗き込もうとしていたら、「あなたよりわたしのほうがちょっと背が高いから」と親切な女の子が譲ってくれました。
地上階中央部分には白いベッドに横たわる女性のマネキンと、その横には電話やコップの乗ったサイドテーブルやコーラのペットボトルなどがあり、ベッドの頭の部分には写真をたくさん貼ったボードがありました。左サイドの壁には、このベッドのある空間を見つめるように男性のマネキンが浮いています。1階部分には3つの大きなスクリーンが、この建物が6角形であることを利用して、その3面に張られています。そのまま見上げるとドームの少し下に3つの窓。この礼拝堂が6角形なのでおそらく窓は6つあるのでしょうが、残りの3つは暗幕で覆われていました。
この3つの窓と3つのスクリーンを見て、そしてナンの姉の名がバーバラだと言うことを思い出して「あっ!」と思いました。バーバラはラテン語読みでバルバラ。そう、聖女バルバラです。聖女バルバラは『黄金伝説』の中に出てくる処女聖人で、塔に閉じ込められた上に父親に殺された人です。そして彼女を示す絵画上の持物(アトリビューションといいます)は3つの窓と大砲なのです。うわぁこれ、すごい企画!姉の名がバーバラであることから思いついたのでしょうか。
フィルムは3つのスクリーンに写真や動画が映し出されるもので、聖女バルバラの簡単な物語(やっぱり!)に続いて、先述したようにバーバラの生い立ちとその短い一生(享年18歳)、そしてナン自身のタバコの火による自傷を見せるものでした(視界を覆う人が結構いました)。映像を見て分かったのですが、地上階のマネキンとベッド周りは、映像中に出てくる精神病院内のナンの部屋の再現でした。
The Other Side“普通の娘”であることを願う両親、その希望に添えない自身のセクシュアリティに悩みおかしくなるバーバラ、そして自分自身もまた両親の望むような“普通”であることが出来ないナン。両親にとっての“普通”とはユダヤコミュニティであり、且つ大抵の人間が思い浮かべるであろう結婚と出産にまつわるもの、つまり女という性の営みでした。脱線と反抗、傷心と自傷。個人の問題であり、同時に実に政治的な問題で、この姉妹はアウトサイドへと移行したことが分かるフィルムでした。ちなみにナン・ゴールディンの1992年出版の写真集のタイトルはThe Other Sideでした。
聖女バルバラの話に則って、自分たち姉妹の非常に個人的でありつつも普遍的な悩みともなりうる問題を提示した、痛々しい映像と透き通った美しさに溢れる映像の混成が目に焼きつく、素晴らしい展示でした。(第7回終了)